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ゴールドコーストマラソンと旅行記 その1 [旅行]

★★注意★★
これは管理人が2001円6月、オーストラリアのゴールドコーストへの旅行記です。もう10年以上も前の出来事であり、今となっては参考にならない点もあろうかとございますが、ご了承下さい。

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■目指すはゴールドコースト■
 時は2001年。その頃の私はマラソンにはまっていた。初めて走ったフルマラソンは1997年11月の福知山マラソン。タイムはだいたい4時間30分であった。そのころの私は10キロを50分ぐらいで走っていて、実際前半はそれくらいのペースで走っていたのだが、後半になって一気にペースが落ちた。こんなはずじゃない、もっとやれるはずと、自分でもあきれるほど身体を鍛えた。仕事を終えた帰りに18キロ走って、次の日はいつも通り仕事してから、1000m泳ぐといったこともやっていた。月曜日のみ練習はなしでそれ以外は全て何らかの練習をしていた。
 その甲斐あって、同年2月、岡山の吉備路マラソンで3時間35分と一気に時計を詰めることができた。同時に自分の体力ではこれが限界だろうとも思った。仕事をおろそかにするほど練習すれば、確かにさらにタイムがよくなるだろう。しかしそれをすることにどれだけの意味があるだろう。健康な身体が手に入ればそれでいいのではと考えた。
 ところで、マラソンを走る人なら誰もが一度は、海外で走りたいと思うことだろう。私もその一人であった。もっとも有名なのは12月のハワイで開催されるホノルルマラソンだろう。オーストラリアのゴールドコーストマラソンは、日本人の間ではニューヨークシティマラソンの次か同じくらい有名であろう。間違いなく完走できる体力がある今こそ、海外マラソンに挑戦する時だと思った。しかしすんなりとゴールドコーストに決まったわけではない。レース後の観光を考えてロサンゼルスや、同じオーストラリアでもメルボルンも候補に挙がった。しかしホノルルは眼中になかった。あまりにも「参加することに意義がある」というランナーが多かったし、十分な準備もしないのに走る、というより歩く観光客も多いからだ。そのころの私なら標準以上のタイムは出せたし、彼らと同じような評価をしてもらいたくなかったからである。
 行き先はゴールドコーストにした。理由は6月は仕事は空き気味と予想されたこと。ヨーロッパとアメリカに行ったことはあったが、南半球のオーストラリアはなかったこと。時差ボケが生じにくいので体調を整えやすいこと。観光資源に恵まれていそうなこと。そしてゴールドコーストの爽やかそうな気候に惹かれた。
 4月23日、JTBのツアーでゴールドコーストを申し込んだ。4泊5日の行程で代金は86200円であった。ちなみにホテルは最低のBグレードである。ANAホテルを含むLグレードを選ぶと119000円となる。
 またこのツアーにはゴールドコーストマラソンのエントリーは含まれていないので、自分で手配しなければならなかった。申し込みの確認でEメールでやりとり。5月15日にやっとエントリーされているとのメールが届いた。またスタート地点はSports Super Centreというところだが、ゴールドコースト中心部からかなり離れている。そこまでどのような交通手段があるのか確認するのにまたやりとり。Websiteに記されているメールアドレスでは回答がなく、事務局の個人メールでようやくわかったこともあった。自転車でも行けますとの回答であったが、要領を得なかった。この点は現地に行ってみなければわからなかった。海外マラソンは一般的に前日にエントリーするのでこの点は不安。しかしおそらくJTBの現地スタッフに聞けばわかると楽観していた。
 その他、オーストラリアはETASというビザのような登録システムがあった。これはエントリー確認のメールが届いてから申し込んだ。オーストラリアの対外機関に申し込んだ。確か1500円だった。これがJTBに代行してもらうと4000円ぐらいだったと思う。
 6月18日、出発の4日前にようやくマラソン事務局から書簡が届いた。気分は盛り上がり、痛かった喉も快方に向かった。

■初めての赤道越え■
6月22日(金) 雨
 この日の仕事は半日有給休暇を取ってあった。関西空港からブリスベンに向かうアンセットオーストラリア航空出発時刻は、宵の口なのだが、5時に会社が引けてからではチェックインに間に合わないから、昼までに仕事を終えたのである。
 夕方になってから出発する。今回の旅行はゴールドコーストから動かないので、デイパックではなく、大きな肩掛けバッグであった。実際、トレパンやシューズといったマラソン用の装備も持って行くことになるから、かなり重く、それでないと対応できなかった。ちなみにバッグは千葉ロッテマリーンズのファンクラブの記念品である。
 17時10分関西空港着。17時50分にカウンターに着けばいいのでまだ時間がある。エアロプラザの本屋に寄って時間を潰す。
 4階国際線出発フロアの10番団体受付カウンターへ行く。団体主催旅行の場合、このカウンターで、搭乗券と帰りの航空券を渡される。AN0882便は予定より30分遅れの20時20分の出発となっている。喉が渇いたので、
 ミネラルウォーターを買う。120円のを買ったが、ゲート近くの売店では200円で売っていた。
 19時00分出国審査。このあたりにはマラソンランナーなど見かけない。ただ搭乗直前に夫婦者のトレパン姿を見かけただけだ。彼らはおそらくマラソンに出走するのだろう。しかしまだ日本なのにその格好はカジュアルすぎないか。いやもしかすると機内で寝やすくするためだろうか。乗客は女性の方が圧倒的に多く、オバチャンらは緑地に象のマークを描いた阪急交通社のバッチをつけている。
AUS_3352.jpg
↑関西空港のアンセットオーストラリア航空

 19時10分、11番ゲートにアンセット航空のB-747が到着した。コーヒーでも飲みながらと思っていたのだが、早々と店じまいしていた。24時間国際空港の看板が泣くというものである。
 座席は60C。トイレに行きやすい、うれしい通路側である。
 20時04分搭乗。隣は新婚旅行かもしれないまだ若い夫婦が座っている。離陸後最初にKISOと書かれたミネラルウォーターが配られた。
 只今、現地時間22時00分。オーストラリアは日本より1時間早い。日本200海里水域を離れようかというときに機内食。パスタとチキンの選択。私はチキンを選んだが人気があるらしくあとで持ってきた。
 23時00分前トイレを済ませて、席に着くと、ドリンクを振る舞っていたので、ウォッカを頼むつもりで「ヴォドカ」と英語の発音に則って言うと、出されたのはウォーターであった。私の発音が悪かったのだろう。アルコールが欲しかったのであとでワインを頼んだ。
 2時30分強烈に気分が悪くなってトイレに駆け込む。腹部に汗をかいていた。多少寒気がする。ちょうど赤道を通過したあたりだった。乱気流で機体が揺れたせいもあろう。便はでなかったが少しは気分がよくなった。アンセット航空の座席はピッチも広く、座席ごとに液晶テレビがついている。ユナイテッド航空の座席のように尻が痛くてどうしょうもないということはない。ただ電話としても使えるコントローラはとても扱いにくい。
 3時30分朝食。まるで食欲がない。

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