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ニュージーランド旅行記2016 [旅行]

まえがき
筆者はバリ島旅行を終え、ヴァージンオーストラリア航空夜行便でブリスベーン経由でニュージランドに向かっていた。
バリ島での旅行記は下記を参照
バリ島旅行記2016

この旅行の動機については下記参照
バリ島ニュージランド旅行~序章篇~


1.まずはブリスベンへ
5月1日(日)
 午前3時頃起こされた。背もたれがほとんど傾かないので、通勤電車で居眠りしているのと同じであり、首が痛くなって起きる。ほとんど眠れなかった。
 バリ島時間で午前3時とはいえ、オーストラリアはバリとは+2時間の時差があるのでもう5時なのだ。
 5時30分、オーストラリアブリスベン空港に着陸。外は雨である。
 乗り換えは厳重な保安検査はあったが、入国カードの提出はなかった。ポケットのものは全部出し、さらにシャワールームのようなカプセルの中で両手をあげてスキャンされる。2回受けた。左肩と右腿に異常反応があるらしい。最終的には手動で検査。
 エスカレータを上がると、出発エリアだ。設備は一通り揃っている。Wifiも使えるので、自宅にメール連絡。木製の大きな椅子は外人向きか。脚のせのあるソファーが人気がある。ここで3時間ほど待つことになる。免税店をざっと見て、食事をどうするか迷う。さっきのフライトで食事が出たのでそれほど腹は減っていない。今食べてしまうと、機内食を食べられなくなるかもしれない。行ったり来たり右往左往して結局食べず、出発する73Aゲートの近くで居眠りした。
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↑ブリスベン空港出発待ちエリア
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↑出発ゲート
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↑雨のブリスベン
 このヴァージンオーストラリア航空ではデルタ航空のマイルが付くはずだ。元に戻って同航空の乗り換え窓口にやってきたものの、先客が2名おり、搭乗時刻の8時45分を過ぎ、時計は9時を指していたので、ここで手続きするのは諦めて、出発ゲートに戻る。
 機内に乗り込み、席に座ると、前には韓国人のグループがいる。今回の席はこの旅行で唯一の窓際席である。
 飛行機は9時33分にB737-800は離陸した。雨で窓が濡れているので動画は上手く撮れなかった。
 ニュージーランドの入国カードを書き、とりあえず大まかなドライブルートを確定した。ふと座席のポケットを見ると「MENU」とあるではないか。どうやらこのフライトの機内食は有料らしい。これを知っていればブリスベンで何か食べていただろう。クライストチャーチに着いたら、食事、デルタ航空マイルの付加、携帯電話の購入とデータSIMの購入。それらが終わってからレンタカー営業所に行かねばならない。クルマを走らせられるのは16時30分になるかもしれない。そうするとホテル到着は21時頃になるかもしれない。ホテルのチェックインが22時以降の場合は連絡が必要なのでいずれにせよ携帯電話の契約は必要だ。
 ニュージーランド時間13時15分、機内でようやく水にありついた。コーヒーも無料のようだが、すき腹に飲むのは悪いのでやめた。
 隣の男性は機内食を頼んでいた。パンを残している。そのパンをもらおうかとも思ったがここは辛抱だ。
 14時15分、これまでひたすら海の上を飛んできたが、下界には陸地が見えた。ニュージーランド島である。自然のままの山容でその美しさに息をのむ。
 まもなく、下界は農地に変わった。円形に区画されたところや、競馬場のダートコースのようなところも点在している。
 14時35分、クライスチャーチ空港に着陸。5分後に31番スポットに接岸した。
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↑ひたすら海の上を飛ぶ
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↑やがて南島の山岳部へ
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↑まもなくクライストチャーチ
2.クライストチャーチからレンタカーに乗る
 入国審査ではかなり並んでいて、時間がかかり、手荷物受け取り場で、私の荷物はがっらすきのコンベアをグルグル回っていてすぐに取り出せる状態だった。時すでに15時20分。検疫は係官が少なく時間がかかった。ニュージーランドは農業国なので植物食品の持ち込みに神経をとがらせている。
 税関は何も申告はないが、手荷物の機械検査に時間がかかった。
 まずはニュージーランドでスマホを使うためのSIMを入手する。しかし日本から持ってきた自分のスマホSH01Fにニュージランドの電話会社のSIMを入れても電波をとらえることができなかった。もしかすると日本の電話会社のスマホはSIMフリーを謳っていても、海外のSIMは受け付けないのかもしれなかった。昨年フィリピンに行ったときは世界標準機のNexus5だったので問題なかったのだ。はじめはヴォーダフォンに持ち込んでだめで、となりのSPARKでもだめだった。後から考えればローミングの設定を変えればいけたのかもしれないが、その時はそんなことを考える余裕はなかった。
 バリ島で道に迷った経験から、スマートホンは必須だと思ったし、ホテルその他への連絡手段としても電話が必要だ。私は現地でのスマホ購入に踏み切ることにした。どうせなら以前から注目していたファーウエイ製のいいのが欲しかったが、ヴォーダホンのカウンターにはサムスンしかなく、その中でも2番目に安いのを選んだ。トラベラー用のデータ3GBを含むSIMが49ドル。それを含めての支払いが298ドルであった。
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↑購入したSAMSUNG GALAXY J2
 レンタカーを借りる前に腹ごしらえ。アメリカでレンタカーで走った経験から、外国では沿道にレストランがそれほどあるわけではないことを知っていた。空港で食べることにする。ベーコンと目玉焼きのサンドイッチにカフェラテ。これで遅い昼食、いや朝食は完了だ。
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↑朝食兼昼食
 買ったサムスンのGALAXY J2はシステムの言語を日本語に設定できない。すなわち技術適合がなされていないので本来日本で使えないことになる。パソコンにつなぐことで日本語化ができるようだが、それができなければWifi専用機となりそうだ。後日わかったことだが、このGALAXY J2は安っぽい造りでカメラの性能も劣るものの、動作は日本のスマホに比べて安定していた。韓国製を見下していた自分であったが、これは大きく蒙を啓かせた。
 とりあえず栄養補給はできたので、すぐ近くにあるAVISレンタカーのブースに向かった。日本で発行された予約確認書を見ることなく、パスポートとクレジットカードだけで手続きが進んだ。保険はフルカバーにした。これがあとで役に立つことになる。
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↑クライストチャーチ空港ビル
 ブースでキーを渡され、歩いてレンタカーの駐車場に向かう。17時00分、クルマとご対面。今回のクルマは茶色だった。予約時にはカムリを指定していたはずだが、カローラであった。しかしあまりに後部座席の足下が広かったので、これはカムリだと思っていた。ここまでの走行距離は12483km。鍵はスマートキーで、ポケットにキーを入れたままで、クルマのインパネにあるボタンを押すだけでエンジンが始動する。ドアロックもポケットにキーを入れたままでドアノブを引くだけで解除される。変速機はもちろんオートマチック。Dレンジを右に倒せば、1速から5速まで任意に選択できる。
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↑レンタカーとご対面
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↑足元が広い後席
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↑速度計
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↑ラジオ(タッチパネル)
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↑バックモニターも付いている
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↑カーナビは日本語対応
 借りたGPSはフロントガラスに吸盤で張り付けるタイプで日本語に設定できる。音声案内も日本語。ただしグーグルで翻訳したように変な感じの日本語である。
 17時15分、クルマを走らせる。ニュージーランドは日本と同じ左側通行。ワイパーと方向指示機のスイッチの位置も日本と同じである。中国人のためか「KEEP LEFT」というシールが速度計の下に貼られているし、シフトレバーにもその表記がある。
 空港を出てすぐにラウンドアバウトすなわち環状交差点がある。とにかく右側に環状部を走るクルマがあれば譲る。ルールはこれだけである。あと信号が赤でも左折可とか、対向の場合、日本と逆に左折より右折車が優先というのもあるが、その場面に出くわさなかった。
 ニュージーランドでは日本のような高架立体交差の高速道路はほとんどなく、一般国道をハイウェイと称している。平面交差のある街は70キロ制限となるが、道路の両脇にある100キロの制限標識を過ぎると、高速道路となる。実際は120キロで流れているようだ。もちろん交差する道路は皆無ではないし、自転車で走っている人や、歩いている人が全くいないわけではないけど、広い路側帯と防風林が両脇にあるおかげで、全く危険を感じない。日本とほぼ同じ面積でありながら人口300万人のニュージーランドならではである。
 走るほどに黄昏から暗闇に変わっていった。ニュージーランドの案内標識は小さいのが道路脇にあるだけで視認性が悪い。ただし、日本のように広告看板が全くないので、非常に景観がいい。環境に敏感なニュージーランドらしくていいので不満としないことにする。
 国道1号線をひたすら南下する。道路は基本的に対面交通片側1車線だが、適度に追い越し車線があるので、あまり問題ではない。
 クルマの加速は十分で追い越しでも遅れをとることはない。ただし自分はまだこの国の運転に慣れていないので、基本的に左車線を走り追い越しはしなかった。私は目的地に到着するまでこのクルマをカムリだと思っていたので、やはり中型車は違うなどと納得していたのである。
 筆者は日本でもレンタカーでカローラを利用することが多い。外装、内装はそれほど優れてはいないが、実に運転しやすいクルマだ。世界のベストセラーだけのことはある。エンジンは1800CCでクルマのサイズは大きいので、もしかすると日本では3ナンバーになるかもしれない。
 内装は速度計、回転計、水温計、燃料計と配置された真ん中に液晶表示があり、ここにシフトポジションや距離計ABと通算、外気温が表示される。わからないのは「CRUSING RANGE 553km」という表示。これは最後まで意味がわからなかった。シガーライターの他に、USBポートとAUX端子がある。
 ナビこそ付いていないが、ラジオ等はタッチパネルで操作する。もっぱらFMを聴いた。FM TEXTに対応していて演奏している曲名が表示される。さすが英語圏のニュージーランド、聴いていて楽しくなるような選曲だ。
 まもなくGPSナビが電池がなくなったと表示。クルマを停めてシガーライターから電源をとる。どうやら内部の電池が消耗し充電できなくなっているようだ。
 18時25分、沿道にケンタッキーフライドチキンを見つけ反射的に入る。これがどのあたりか知らないが、外国ではレストランを見つけたときに入っておかないと食事にありつけないのはアメリカで経験済みだ。
 客は意外に多く、どちらかというと柄が悪そうだ。インディビジュアルメニューの3ピースを選んだ。飲み物は紙コップを渡されて、レジの前で自分で注ぐ。世界どこにでもあるケンタッキーフライドチキンだが、どうも日本のに比べて味が落ちるような気がする。ニュージーランドでは鶏肉の需要は低いのか。そう思ったりした。付け合わせの量が多く、ポテトとパンは残して鞄に詰め込んだ。
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↑世界各地にあるケンタッキーフライドチキン
 1号線をひた走っていたクルマはまもなく79号線への分岐を迎えた。それはうまく行ったが、その後間違って未舗装の道路に入ってしまった。日本と違って滑りやすく、ハンドルが取られそうになった。ナビが示した代替ルートはこのまま直進だったが、身の危険を感じたので、スイッチターンして元の場所に戻った。
 79号線は丘陵地を走る。街頭も民家もほとんどなく暗闇の中をひた走る。ナビがなければ不安に感じていただろう。ただ対向車が結構頻繁にあって、ハイビームとロービームの切り替えが面倒である。対向車がいる場合ハイビームではまぶしいので、パッシングで注意するのは日本と同じである。
 右折して8号線に入るとさらに山深くなった。いったい世界のどこを走っているのか、という気分になった。
 まもなくオレンジ色の弱い光に包まれたテカポの街が見えた。20時44分、予約していたGodley Hotelに到着した。ここまで224.4Km走った。東京から浜松くらいの距離だ。走行距離は約3時間半。
 今回の予約はアップルワールドを通したので、バウチャーを見せるだけだ。ただし宿帳には記入する必要がある。ホテルはレセプションを含め、長屋が数軒並んでいる形式である。
 キーはカード式である。今回もバスタブがあってありがたい。ドライヤーは引き出しにあった。ダブルベッドとシングルベッドがある。ダブルベッドに寝ることにした。冷蔵庫と湯沸かし器、無料のコーヒーと茶がある。ただし客室金庫はない。空調はないが、温水暖房と電気毛布がある。バルコニーがあって、ここから湖を眺めることができる。ただし今は夜なので何も見えない。ふと空を眺めると満天の星だ。こんなにたくさんの星を見たのは初めてだ。見てすぐそれとわかるほどのくっきりした天の川を見たのもおそらく初めてだろう。
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↑Godley Hotelに到着
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↑部屋
 このテカポで2泊している間に、下着を洗濯するつもりだった。バリに滞在中いつも鞄に入れている洗濯用のロープや石鹸を持ってくるのを忘れているのに気づいていた。自分の部屋で洗濯ができないので、ここのホテルのラウンドリーを利用するつもりだった。しかしランドリーサービス用のチェックシートがない。どうやらサービスはないらしい。狼狽していると洗濯機と乾燥機はあるらしい。さっそくそれがある場所を確認しにいった。石鹸が2ドル、洗濯が2ドル、乾燥が4ドルとのことであった。仮に乾かなくても部屋にはアイロンがある。洗濯機の利用は21時までということだが、どうやら中国人が規則を無視して、乾燥機を回していた。まあこれは大目にみよう。
 ホテルの前にはガソリンスタンドがあり売店もあるのだが閉まっていた。そこだけでなく、ありとあらゆる店は閉まっていた。無事到着を記念してビールを飲もうと思ったのに残念だ。
 ここで新たな問題が発生した。ホテルのバウチャーを入れていたファイルをなくしたことに気づいたのだ。ホテルのバウチャーはあとはクライストチャーチを残すのみで、これはスマホからメールをアクセルすることで入手できるから問題はないが、ファイルの中には国際免許証が入っているのだ。念のために、クルマの中も探してみたけどなかった。しかしホテルのバウチャーを渡したので、少なくともそこまで持っていたことになる。だからおそらくはレセプションにあるものと推定された。しかしここのレセプションは22時で閉まってしまい、確認することができない。
 悶々とした気持ちで0時30分に寝る。不安からか気持ちが高ぶっているのかなかなか眠れなかった。
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↑写真では再現できてませんが満天の星空でした

3.テカポ散策
5月2日(月) 曇後雨後晴
 7時30分起床。まずはレセプションへ。果たしてファイルは昨晩ここで忘れていたのだ。洗濯をするのに2ドル硬貨が必要なので両替した。
 まずは石鹸を買う。ガチャガチャのように硬貨を差し込んでレバーで押し込むと黄色い箱に入った石鹸が落ちてきた。
 洗濯機もドラム式で乾燥機とそっくりだ。欧米ではこのドラム式が主流である。下が洗濯機上が乾燥機である。間違えないように硬貨を入れてスタート。
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↑石鹸の自販機
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↑買った石鹸
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↑上が乾燥器下が洗濯機
 洗濯している間に、すぐ近くにある「善き羊飼いの教会」という小さな教会まで歩く。ちょうど日の出を迎えるところだった。曇っているので日差しが弱いが、いい角度で撮ろうとしたら逆光になってしまう。それよりも次々と現れる中国人のせいで、なかなか人を写さずに撮ることができない。ちなみに自撮り棒を使っている人はほとんど中国人である。
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↑日の出の「善き羊飼いの教会」
 洗濯は終わっていたので、乾燥機に入れ、朝食に行く。今回のプランは朝食が付いていないので、別料金となる。中国人のツアー客が利用したと思われるバイキングをそのままいただくことにする。料金は26.5ドル。
 9時に食堂が閉まるので、少し急いで食べた。ヨーグルトの種類が豊富だった。食料自給率の高いニュージーランドだけにどれもおいしい。
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↑別料金の朝食バイキング
 スマホをいじっていろいろ情報を得る。スマホが使えるようになったのは便利だが、特にYahooをアクセスしてしまうと、今見なくていいような記事をついつい読んでしまう。結果として無駄な時間が生じてしまっている。本日の予定はテカポ湖周辺を観光し、夜は星空ツアーに参加することになっている。
 再びラウンドリーへ行く。乾燥終了3分前だった。洗濯物を取り出すと、完全に乾いていた。昔一人暮らししているときに、乾燥機は金ばかりかかって乾きも悪いと思っていたが、45分も作動させれば乾くらしい。今まで私は長期間の旅行では、部屋で洗濯して、ロープで部屋干ししていたが、自分で洗濯するよりも、このようにコインランドリーを使った方が時間を有効に使えることがわかったのは収穫だった。
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↑ホテル外観
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↑ホテルの前の道路クライストチャーチ方面
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↑ホテルの前のガススタ
 10時頃再び外出。少し小高い丘から湖を眺めることにする。なんだか荒れ地のような殺風景な道を登ると確かに民家越しに湖が見えた。水の色はエメラルドのようなで実にきれいだ。しかし逆光なので写真に撮るとこの異なった色になる。残念なことだが、このカメラには対応策はない。そもそもこれが眺めのいい場所なのかどうかも疑問だ。入り口にCowans Hill Walkwayとあっただけで、途中に何の標識もないし、誰もいないのである。しかしここ以外に高台となると、山の上しかない。そこは簡単に登れるようなものではなく、やはりここなのだろう。ガイドブックには距離は3km、一時間半とあるが、とてもそんなに歩いていない。釈然としない気持ちで丘を降りる。
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↑変哲もない道を登る
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↑紅葉の民家を抜ける
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↑何か看板があって入れない
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↑殺風景な道を歩く
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↑民家越しに湖が見えた
 次に湖畔を歩いてみた。湖畔といっても遊歩道があるわけではなく、足場の悪い石ころだらけの場所を歩かねばならない。何度も撮影を試みるが、どうしてもこの目で見た絵にならない。私は諦めた。
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↑湖畔は写真と印象が異なる
 さらに歩くと牧羊犬の銅像が見つかった。バウンダリー犬の像である。開拓時代の放牧地で柵のない境界線(バウンダリー)を守った犬たちの働きをたたえて1968年に作られた。ここには人が集まっている。中国人も多いが、日本人もいる。さっきの教会とこの銅像をバックに記念写真を撮るのが観光客のお約束だからだ。やはりここも人のいない瞬間を撮るのは難しい。
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↑バウンダリー犬の像
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↑常に周りに人がいる
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↑再び「善き羊飼いの教会」
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↑寄付金はこちらへ
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↑教会内部
 橋を渡ってホテルに戻る。銘板によると、この橋は2015年11月に開通したという。道理で新しいはずだ。橋の板には寄付者と思われる個人団体の名前が刻まれている。その数は橋の全長に対して全体の4分の1程だ。
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↑ホテルに向かう橋
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↑橋の板には
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↑寄付者の名が刻まれている
 昼食は山の上の天文台に併設されたアストロカフェに決めていた。車に乗り込み、ナビに従ってそこに向かうと、門があった。しかし閉まっていた。門があるとは聞いていなかったので、何かの間違いだろうと、そのまま直進した。どうやらひたすらテカポ湖湖畔を北上するだけで、何もなさそうであった適当なところで引き返す。ただし湖はきれいだったので写真を数枚撮った。
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↑テカポ湖
 いったんホテルに戻ったが、やはりアストロカフェは諦めきれず、もう一度おなじ道を走った。門の看板をよく見ると、風が強い日にはゲートを閉鎖するとある。そういえば今日はカメラの三脚も倒れるほど風が強い。あとで聞いた話では風速20m以上になると封鎖するらしい。ニュージーランドともなると、風速15mは当たり前で、風に乗った小石が飛んできて窓ガラスを割るらしい。確かにそれは危険だ。また、天文台は私有地にあるので自動車で行く場合は門の先の料金所で5ドルを徴収される。1時間ほどかかる徒歩では無料だが、風の強い日に登れないのは同様だ。
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↑天文台へは本日通行止め
 昼食は湖畔KOHANという日本食レストランに行くことにした。日本のガイドブックは必ずといっていいほどこの店を勧めている。特に「サーモン丼は絶品だ」と記載されている。私は海外ではなるべく日本食は食べない主義だが、そこまで書かれては行かない理由はない。当初予定では夕食はここだったが、昼食に変更した。
 店に入ってみると、日本人ばかりかと思ったら、欧米人、中国人の方が多く、大まかにいってそれぞれ3分の1の割合で利用しているようだ。20ドルのサーモン丼を注文するのは芸がないと思ったので、スペシャルと書かれた25ドルのイクラサーモン丼にした。結果的には失敗だった。サーモンがふた切れしかなかったからだ。サーモンの味だが、確かに評判通りで美味しい。養殖らしいが天然と変わらないような気がする。
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↑日本食レストランKOHAN
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↑窓からの景色
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↑イクラサーモン丼
 同じ建物のレストランの反対側には土産物店がある。どうせあとで買うのも面倒なのでここで買うことにする。しかし、あとでわかったことだが、このテカポの土産物店はクライストチャーチ市内に比べて、特にTシャツで5割ほど高いようだ。売り子が商売熱心なわけである。しかしそんなことも知らないので数点おみやげを買った。ニュージーランドでは一般的なのはクレジットカードの支払いの場合1.5%の手数料を取ることが認められることだ。それは知らなかったので、手数料を惜しんで、ここは現金で払うことにした。
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↑買った傘はすぐに壊れた(要注意)
 もう時刻は15時を回っていた。星空ツアーは17時にデスクに顔出ししなければならない。それまでにできることとして選んだのは、テカポスプリングスなる温泉である。しかし日本のような温泉ではなく、水着を着て男女関係なく入る屋外温水プールである。地下から沸いた温泉かどうかも知らない。
 15時35分過ぎにテカポスプリングスに着いた。空は暗くなり今にも雨が降り出しそうだ。夜に星が見えるのか心配になってきた。25ドル支払う。ロッカーは別料金で3ドルだ。水着は持ってきているが、タオルはポケットに入っていた日本手ぬぐいで代用した。
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↑テカポスプリングス(宣伝用写真)
 着替えてプールに入ってみる。少し寒い。水温はおそらく35℃前後で日本の温泉の感覚からするとぬるすぎる。プールに使っている状態ではついたてが邪魔して湖が見えない。湖を見るには立っていなければならない。これはちょっと看板に偽りありというところだ。しかし日本の温泉でも湯船につかると外が見えないところなどゴマンとある。だからこれは大きな問題ではないだろう。
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↑テカポスプリングス入口
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↑そこからの景色
 白人の女性は大胆なビキニを着用している。防水の写ルンですを持ってきているが、やはり何の許可もなしに撮ることはできず、偶然を装って撮るしかない。
 そのうちに雨が強く降り出した。写ルンですで撮った写真は暗くて露出不足でほとんど見れたものではなかった。湯温が低く急速に体温が奪われそうなので撤退する。ちょうど入れ替わりに20代の日本人男性2人組が入ってきた。
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↑写ルンですで撮った写真
 ニュージーランドは一日の間にも四季があるという。晴れたと思ったら雨が降り、気温が上がったと思ったら下がる。このテカポは晴天率が極めて高いところで、それゆえに天文台があるのだが、今日は雨だ。

3.マウントジョン天文台
 ホテルに戻り、星空ツアーのデスクのあるEARTH&SKYに顔を出したのは17時。ちなみにEARTH&SKYはGodleyHotelと同じ棟にあり、私の泊まっている407号室とは歩いて20秒程度のところである。ちなみに昼食を食べた湖畔KOHANも歩いて30秒。こんなに便利なホテルに泊まったのは前例がない。
 デスクの向こうには青いシャツを着た日本人女性が座っている。本日のツアーは21時に集合。ただし今も雨が降っているし、ツアーは確約されたものではないとのことであった。そうした情報をもらってホテルに戻る。
 昼食が14時前と遅かったのでまだ腹が減っていない。部屋でテレビを見た。NHK WORLDが写る。弘前の桜を取り上げていた。
 さて夕食にしようと外に出ると、店がぞろぞろと閉め始めていた。もう開いているところならどこでもいいという感じで、韓国料理の店に入った。客はおらず、BGMだけがむなしく鳴り響いていた。あとで3人組の客が入ってきたが、閉店が近いことを理由に断ったようだ。
 ビビンバは本日は用意できないということなので、豚肉の味噌炒めにした。意外や意外これが美味しかった。このテカポには日本食の湖畔とこの韓国料理の店の他に中華料理もあるが、ここは日本食が圧勝である。欧米人にとっては韓国料理は未知なものだし、中国人がわざわざ中華料理を食べるのは少数派だろう。やはり日本ブランドは衰えてはいないというところか。
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↑豚肉の味噌炒め
 店を出るとほとんどの店が閉まっていた。このあたりは夜でも賑やかだったバリ島と違うところである。
 21時10分、再びEARTH&SKYにやってきた。
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↑受付カウンター
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↑マオリ族のオブジェ
 すでに青い外套を着た長岡氏という天文台の研究員兼案内人が、人数のチェックをしていた。続々と参加者が集まりだした。これは日本人専用のツアーで、この組は17名だそうだ。ほとんどが夫婦ものだが、女性同士もいる。男性3人組もいる。また女性一人もいる。男性一人は3人だけだ。
 別組の16名と合わせ33名のツアーはマイクロバス2台で21時30分に出発した。この星空ツアーは風の強い日のみキャンセルとなる。雨で星空が見えない場合は、天文台の施設を見学することになる。星のマークのネックレスとダウンジャケットと太陽電池付きの赤いLEDライトが渡される。LEDライト以外は貸与である。赤いLEDにしているのは天体観測の支障のない弱い光にするためで、クルマも天文台に近づくとヘッドライトを消す。テカポ村は人口500名程度の小さな村。しかし観光のおかげで税収は潤っているだろう。村人も天体観測に協力して、外灯もなく、家の明かりも観測に妨げのないように弱いオレンジ色としている。
 天文台に着いた。真っ暗である。しかしこうしないと星空を見るための目慣らしができないのである。もちろんフラッシュは厳禁である。スマホのライトも白いのでダメ。周りが全く見えない状態で分厚いダウンジャケットを着るのは難儀であった。肝心の星空はやや雲に隠れているもののほぼ満天の星空だ。夕方には雨が降っていたことを考えればこれは奇跡に近いだろう。
 標高の1500m天文台。だんだん寒くなってきた。ホットチョコレートがふるまわれた。なお、このツアーではフラッシュ撮影が禁止されているので、写真が残っていない。ツアーの詳細については下記写真にリンクされているページを参照していただきたい。
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↑マウントジョン天文台ツアー
 まずは肉眼で星空の解説。まずは南十字星である。南十字星は4つそれぞれ明るさが違い、紛らわしいニセ十字もあって意外とすぐにはわからないらしい。「印象的な名前」の中尾倫太郎(ただし漢字名は不明)ガイドはレーザポインタを使って解説してくれる。
 南十字星はケンタウルス座のα星とβ星という明るい2つの星を目標に氏この二つの星の延長線に十字の頭が来る。これを目標にするのが発見のコツらしい。地球の南極点の延長線には星がないため、南極星というのは存在しない。おおまかにいって南十字星の柱を下に4.5倍したところが南極点となる。また南十字星の柱の延長線とα星β星の垂直2等分線の交点でもいい。
 あとはシリウス、アンタレス、大マゼラン星雲、天の川の解説。木星の衛星は望遠鏡で観測した。望遠鏡は意外に見にくいものである。
 このマウントジョン天文台は惑星探査専門の天文台という。火星に人類が移住することは可能だと述べた。ドライアイスを大量にまき、温暖化させ極の氷を溶かす。そこに植物を送り込んで光合成させ酸素を作る。そこまでして火星に住む人類は果たしているのだろうかという気がする。私はロボットによる惑星開発が現実的なような気がする。
 星空は一つ一つの星の解説を聞いていれば、退屈することはないだろうが、こちらは寒くなってきた。
 23時ににツアー終了。
 23時半に部屋に戻る。またもやスマホで遊んでしまい、寝たのは1時となった。隣の人のいびきが気になったが、すぐに眠れた。

4.マウントクック
5月3日(火) 晴
 7時15分起床。今日はマウントクックを見に行くので冬支度をする。持ってきたステテコを着用。ダウンジャケットも持ってきた。
 まずは朝食。ちょっと離れたところにある「RUN76」という店に入った。ここに来たのはインターネットで調べたテカポおすすめコースに入っていたからだ。
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↑RUN76
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↑店内
 カンタベリープレートとカフェラテを選ぶ。番号札をもらう。料理が運ばれた。これが26ドルとは高い気がしたが、地元の食材を使っているという言葉を信じて納得することにした。
 これを食べていると日本人の若者3人組が入ってきた。地球の歩き方を持っているのですぐわかる。
 私はスマホで粘っていたので彼らの方が先に出た。彼らも当然スマホをもっている。遠目でみたところどうやらLINEをやっているようである。
 しかし料理が終わっても札が片づけられないのは何故だろう。続きがあるのだろうか。それはいわないと出ないのか。外国ではこんなことでも考えさせられる。
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↑カンタベリープレート
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↑カフェラテ
 隣接したスーパーマーケットで水とビスケットを買う。これは昼食はおそらくマウントクックで食べることになるので、軽いものにしたのである。それと持ってきたはずのサングラスが鞄になかったのでこのスーパーで購入。安っぽい黒い袋に入れてくれた。ニュージーランドは日差しが強く、直線道路が続くので、ドライブにサングラスは必需品だ。
 ATMでさらに150ドル引き出す。1回3ドルの手数料が取られるが、日本円の現金両替よりレートがいいらしい。スルガ銀行のキャッシュカードは海外で使えるので、この旅行のためにあらかじめ入金しておいたのである。ここのATMは日本語表示を選択できる。
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↑ATM
 9時10分にチャックアウト。追加料金はない。ちょうど観光バスがやってきた。漢字で「JTB旅物語ニュージーランドベストハイライト9日間」の札がかけられていた。まさしく日本のゴールデンウィークに合わせたツアーである。
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↑JTB旅物語ニュージーランドベストハイライト9日間」
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↑ホテルに横付けされたクルマ
 クルマを走らせる。8号線を北上。3.4キロ走ったところでジョギングしている男と遭遇する。こんなところで走るとは気持ちがいいだろうが何かあったらどうするのだろう。みたところ最小限の装備しかしていなかった。
 羊がいる。牛がいる。そう、ここは牧畜の国ニュージーランドだ。
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↑ニュージーランドの道
 9時35分、プカキ湖が見えた。その美しさに「うわ~」と声を上げた。反対車線にマウントクックが見える休憩所があった。しかし入り口を通りすぎてしまい、やむえず道路上をスイッチターン。カーナビに「できる時、法律上のUターンをして下さい」と変な日本語怒られた。
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↑プカキ湖
 休憩所にはすでに中国人のツアー客が先乗りでたむろしていた。彼らもおそらくマウントクックを目指すのだろう。
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↑休憩所から見るマウントクック
 続いて10時頃、8号線展望所にやってきた。観光パンフレットで見たことのある風景だ。天気が良くマウントクックはよく見え、これ以上は望めないだろう。しかしここでも逆光で記念写真は苦労する。
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↑8号線展望所からみるマウントクック
 さらにクルマは北上し、11時にマウントクックトレッキングの出発点ホワイト・ホース・ヒル・キャンプ場White Horse Hill Camp Groundに着いた。本当はここから少し離れた地域の拠点にあるDOCビジターセンターで有料マップを手に入れたかったが、結果としてそれは必要なかった。
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↑マウントクックを目指して走る
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↑ホワイト・ホース・ヒル・キャンプ場
 ここまで106.3kmの走行。外気温は17度とある。この気温であれば、ダウンジャケットは不要どころか、汗をかいてしまうだろう。
 11時10分、靴紐を堅く締めて、フッカーバレートラックHooker Valley Trackのトレッキングを開始する。案内表示によると片道1時間半の行程だ。
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↑トレッキング開始
 歩き始めてまもなく、着てきたジャケットは暑くて、ジャケット横のチャックを開いた。
 道は基本砂利道で橋のところは板となる。吊り橋が3カ所あり、狭い上に結構揺れる。20人以上は超過重量となる。
 ところどころにルックアウトポイントがあり、そこではマウントクックがよく見える。中国人は記念撮影ばかりしている。
 天気はいいので不満を述べるのは間違いなのだが、常に逆光なのは写真撮影上具合が悪い。太陽の動きを見ると夏になれば、天頂寄りに太陽が通るので順光となるだろう。ただその時は気温が上がりすぎて、雨またはかすむ可能性がある。何しろこのマウントクックは年間のうち晴天は140日前後しかないという。今日は強運を喜ぶべきだろう。
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↑トラッキング途上の湖
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↑緩い階段もある
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↑吊り橋を渡る
 中国人ばかりいると書いているが、日本人も多い。さすがにゴールデンウィークで今年は休日の並びがいいので、遠方の旅行が好調だそうだ。高齢者は団体や、ガイドをつけての人が多いが、自由旅行の人も結構いる。かくいう私もその一人だ。男性一人で来てるのも5人はいた。同類はどこにでもいるものである。
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↑まもなくマウントクック
 12時25分、小さな湖が見えたと思ったらそこがトレッキングの終着だった。ここから先は登山用の装備がないと入ることができない。テーブルに座って記念撮影。フラッシュがうまく光ったが、顔がテカってしまった。そして食事。スーパーで買った水とキットカット。それとニュージーランドで人気のクッキー。買ったビスケットは量が多く、森永マリーのようなシンプルな味なので飽きてしまい、半分以上残してしまった。
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↑ここがトラッキングの終点
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↑少々わびしい食事
 水辺に降りる。風が強く、寒さを感じる。しかしマウントクックの眺めはよく、座ってしまうとなかなか腰が上がらなかった。
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↑水辺に降りる
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↑水辺から見るマウントクック
 いつまでもそうしていても仕方がないので13時15分に出発。下りはさすがに足が速く、14時25分にキャンプに戻った。驚いたのはこのあたりの携帯電話の電波状況でほとんど4Gの電波を拾っていた。いったいどこにアンテナがあるのだろう。
 今夜はどこに泊まるのか未定だった。クライストチャーチに近づく形でルートを選定。8号線を南下し、海岸沿いのオアマルで泊まることにした。

6.オアマルへ
 15時10分に出発。
 北斗の拳に出てくるような山を見ながら小高い丘をひたすら走る。対向車も追ってくるクルマも少ない。時々通り過ぎる街も至って小規模だ。しかし小規模でも必ずあるのがガソリンスタンドである。
 16時30分、左に曲がり8号線と分かれる。
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↑ダム湖を左手に
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↑こんな道をひたすら走る
 名も知らぬ町の路肩に停める。歩き疲れたのか疲労していて眠気に襲われた。こんな時は休むに限る。ドアをロックして、シートを後ろに倒した。
 再び走り続ける。17時00分、2度目の休憩。休憩所とおぼしき駐車場に停めているクルマは私だけだった。近くにダムが見える。もしかしてこれまで左手に見ていたのはダム湖かもしれない。
 17時15分、KUROWを通過。このあたりはワインの産地らしい。KUROWは日本の「苦労」のように発音するのかと思うと面白い。
 まもなくオアマルOamaru市内に入った。一応、地球の歩き方に載っているモーテルをナビに入力したのだが、見当違いのところを案内された。
 道の真ん中に銅像がある市内の中心部をUターン。このあと食事をするので、中心部を離れるほどレストランは少ないだろうと考え、最初に見つかったモーテルに入ることにした。モーテルはVACANCYと赤い文字で点灯していれば空き室があるという意味になる。
 18時20分、Bella Vista Motelにクルマを停めた。観光案内所のようなレセプションにはニューヨーク・メッツなどで活躍した吉井元投手のような顔をした中国人が座っていた。館内設備の他、観光ポイントなどを説明してくれた。
 部屋は2階にある17号室をあてがわれた。このモーテルの特徴はドアがなく、廊下に面したサッシから出入りする点である。もちろんチェーンはないし、カーテンをしなければ外から丸見えである。ただ設備は優秀である。コーヒー紅茶用の湯沸かし器はもちろん電子レンジやトースター、ナイフフォーク皿の食器類もある。そうなるとスーパーでビーフを買って豪快にステーキを食べたいと思ったが、フライパンがない。
 浴室はシャワーのみでガラス戸で仕切られている。暖房便座はないが、部屋の上部に電熱ヒーターがある。それと珍しいのはタオルかけにヒーターがあることだ。
 部屋の空調は壁の低いところに埋め込まれている。一応の温度調節はできるようだが、オン/オフを繰り返すのでかなりうるさい。
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↑オアマルのホテル
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↑裏口のような入口
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↑室内
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↑室内設備
 とにかく食事である。ところがレストランがなかなか見つからない。ホテルの近くにあるマクドナルドとタイ料理レストラン、Fish&chips、SUBWAYとアイスクリーム屋。それとホテルに併設されたちょっと高級すぎるレストランだけだった。というかまだ19時にもなっていないというのに、ほとんどの店が閉まっていた。オアマル市は人口1万3千人。それくらいの人口しかないのだからある意味当然である。
 カウントダウンという大きなスーパーマーケットがあるので入ってみる。明日の朝食や晩酌用のワインを確保したい。入り口の長いスロープにはバイクに乗ったちょっと老けた不良少年2人組がいて「hello」と声かけてきた。当然無視した。
 ニュージーランドの本格的なスーパーは初めてだ。チーズやベーコンの種類が豊富だ。ただ価格は日本とあんまり変わらないようだ。牛乳は小さなパックはなく、最低でも1リットルだった。
 10個以下の買い物客が並ぶExpressというレジに並ぶ。レジの若い女性はチンというベルを鳴らした。ワインを買っているので年齢確認におばさんがやってきた。年齢は?50歳です。fifteenではなくfiftyである。
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↑スーパーマーケット
 歩き疲れたので、結局最初に見つけたタイ料理のレストランに入ることにした。先客が一人いたのも安心材料だった。
 応対してくれたのはタイ人とは似ても似つかぬ、ディープパープルのイアン・ペイスのような顔をした眼鏡をかけた女性だった。お冷やはワインボトルに入れて持ってきた。最初に持ってきたのは半分しか入っていなかったので、改めて別のを持ってきた。タイ料理はトムヤンクンしか知らないのでそれにした。それとジャスミンライス小とシンガービールを頼んだ。トムヤンクンは辛くてあまり美味しくなかった。辛さをいやすためにライスを食べている感じだ。昨日は韓国料理、今日はタイ料理と、ニュージーランドに来たのに何のこっちゃわからないということになった。
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↑ワインボトルに入った水
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↑ビール
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↑トムヤンクン
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↑タイ料理レストラン
 ちょっと驚いたのは請求額だった。37.5ドル。トムヤンクンが25ドル、ジャスミンライスが3ドルなのはわかっている。しかしビールが9.5ドルとは高すぎないか。出されたのは小瓶で700円弱である。消費税の15%はニュージーランドの場合内税である。サービス料もここでは取られないだろう。レシートをもらっておけばよかった。
 20時15分ホテルに戻った。ワインとチーズとクルミの実で晩酌する。ワインは半分残した。0時前に寝る。
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↑晩酌用食材
6.オアマルからクライストチャーチへ
5月4日(水) 曇
 8時起床。港を望むオアマルルックアウトポイントという高台まで走る。往復約5キロの手軽なジョギング。ハーフパンツとTシャツでは寒気を感じる。ここの季節は秋なのである。
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↑市内中心部
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↑白い建物が並ぶ
 ここオアマルはオアマルストーンという良質の石灰岩が産出しており、それを使った建物が市内に立ち並んでいる。ジョギング中も白い建物をみる度に撮った。ただそれぞれのいわれは予備知識がないのでわからない。走っていると踏切に出くわし、その近くに駅があった。ホームは3両程度の長さで、掲示された時刻表によると一日5本程度しかこない。
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↑踏切
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↑駅舎
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↑窓の内側に時刻表
 そのような歴史的建築物を抜けて、急坂を登る。このあたりは住宅地となっている。
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↑道を真っ直ぐに歩き
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↑坂を登った
 結構な急坂で体力を消耗した。Lookoutという展望地にたどり着いた。クルマが3台ほど停まっている。海に向かって歩いていると、犬に軽く吠えられた。まだ朝早いということもあってか、観光客はおらず、地元の人の犬の散歩道となっている。
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↑たどり着いた展望地
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↑有名都市の方向を示す
 確かにいい眺めで、地元の入り江を思わせる。しかし朝日が逆光で写真を撮ると海に浮かぶボートが真っ黒になってしまう。このニュージーランドの観光は終始逆光に祟られた。
 この地点は緯度は南緯45°6′39″。日本の北海道の稚内をちょうど赤道で対称にしたようなところ場所だ。ここはオーストラリアはもちろんアフリカの最南端喜望峰より南にある。これより南に行くにはニュージーランドをさらに南下するか、南米チリに行くしかない。おそらく自分の生涯で地球上の最も南に位置していることになるだろう。
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↑オアマルLookout
 ホテルに戻る途中、歩道で親指を道路に突き出して立つ女性がいた。これはヒッチハイクのサインだ。アメリカでは禁止されているがニュージーランドでは認められているのか。
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↑ホテルに戻る
 シャワーを浴びて、荷造りをしてチャックアウト。ところがGPSナビを忘れていた。ベッドの上に置いてあった黒い毛布の上に、黒いGPSナビの入れ物があったので、カメレオンと同じ現象が生じていたのだ。もう一度鍵を借りて取り戻した。
 10時15分に出発。ここまでの距離。
 オドメータ13067km
 空港を出発してからの距離584Km
 テカポからの距離320.3km
 国道1号線を北上する。FMトランスミッターを持ってきたので、それにMP3プレイヤーを接続してBGMとした。地元のFMもいいが、聞き慣れた音楽を海外で聞くのもいい。太陽に向かって走っているので眩しい。サングラスを買っておいてよかったと思う。
 11時20分、オアマルから84.2km走ったティマルTimaruで給油。看板にはZとある。ニュージーランドではセルフ給油と聞いていたが、実際は店の人がやってくれた。料金は併設されているコンビニに給油機の番号を告げて支払う。
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↑給油したガススタ
 11時30分予期せぬことが起きた。追い越しをかけたときに、対向車からはねた小石がフロントガラスの右隅に当たり、ひびが入ってしまったのだ。車両保険は入っていて、しかもAVISは大手なので対応は大丈夫だと思うけど、不安な問題が生じた。
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↑ヒビの入ったフロントガラス
 やがて筆者と同じ茶色のカローラが現れて追い抜いていった。運転手は初老の男性で、自分のペースに合っているのでこのクルマについて行くことにした。
 13時00分、Rollestonというところのマクドナルドを見つけたので休憩兼昼食。マクドナルドはまあ世界共通のフォーマットだが、ニュージーランドではナプキンはロール状であるなど、細部では異なる点もある。
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↑マクドナルドで昼食
 レンタカー事故の事例などをスマホで調べていたので、出発は14時00分になった。
 14時45分、予約していたHEARTLAND HOTELに着いた。看板が小さく、しかも反対車線にあったので、回り道してホテルに入った。ホテルといってもモーテルでこの通りにはモーテルが林立している。
 オドメータ13319km
 空港を出発してからの距離835.8Km
 テカポからの距離133.9km
 ここはアップルワールドでなく直接予約していた。モーテルとはいえクルマは離れたところに置かざるを得なかった。
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↑ホテルに到着
 モーテルは一つの棟に宿泊設備が集中しているのでなく、宿泊部屋はいくつかの棟に分かれている。あてがわれた部屋はレセプションの真前である。カーテンを閉めないと丸見えなのは昨日のホテルと同じである。ドアはノブがなく、ノッカーのような取っ手を引くことで閉める。
 部屋は広く、キングサイズのダブルベッドがひとつと、窓際にソファーがふたつ。クッションが柔らかく座り心地がいい。テーブル付きの椅子とデスクもある。アメニティも高級ぽい。バスタブもちゃんとある。すこし古びているが高品質だ。クーラーらしきものはなく、温水ヒータのようなものがある。
 Wifiは名前と部屋番号をパスワードにして利用できる。いつも同じのを利用するよりも安全性は高いのでこれは評価できる。
 総じて中々いいホテルを選んだようだ。
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↑ホテルの部屋

8.クライストチャーチ観光
 15時00分に外出する。日が暮れるまでの短い時間だがクライストチャーチの市内観光する。まずは観光用の路面電車が走っているので、その停留所を目指すことにする。クライストチャーチは2011年の2月に大地震に襲われ、歴史ある建物が数多く倒壊した。その崩壊箇所は更地になってとりあえず駐車場で使っているところが多いが、数少ないところでは再建工事が始まっているようだ。しかしまた半壊状態な建物を壊しているところもあり、フェンスに囲まれて解体を待つ姿は痛々しい限りだ。
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↑ホテルの前の通り
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↑歩行者信号用押しボタン
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↑外見は普通でも立ち入り禁止の建物が多い
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↑空き地では再建工事が始まっている
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↑ニュージーランドのパトカー
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↑トラムの停留所
 停留所にやってきたものの、電車がなかなか現れず、線路沿いを中心部に向かって歩いた。
 クライストチャーチは自転車がよく走っている。レンタル用の自転車もいくつか提供されており、QRコードから専用アプリをダウンロードすることにより30分までは無料、それ以上は課金というシステムになっているらしい。
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↑レンタル自転車
 トラムは地元の足ではなく、完全に観光客に特化したもので、車両の真ん中はオープンデッキになっている。さらに商店街の店先のギリギリを通ったり、アーケードの下をくぐり抜けるといった趣向を凝らしている。あえてスピードを出さず、終電装置もレトロなポール式を採用している。
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↑ニューリージェントストリートは店のギリギリを通る
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↑この先のアーケードを目指し
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↑アーケード内に電車が停まる
 観光用なので、秋になると17時頃に運転を終えてしまう。トラムの運賃は20ドル。これを買っておけば一日何度でも乗れるが、今は時刻は16時10分であと50分しか乗れない。しかし一回りするのは十分な時間だろう。
 アーケードの下にある駅に止まっている電車に乗り、年季の入った車掌から切符を購入する。この電車に乗って元の駅に戻るまで乗り続けることにした。このトラムに乗れば、ニューリージェントストリート、カセドラルスクエア、震災後にコンテナを仮設商店街にしたリ・スタート、追憶の橋、カンタベリー博物館と観光スポットを素早く巡ることができるのだ。
 8人ほどの客を乗せて出発。40分ぐらいで一巡りする。
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↑電車に乗り込む
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↑オープンデッキに座る
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↑リ・スタート
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↑カセドラルスクエア
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↑チェスに興じる人たち
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↑ニューリージェントストリートに戻る
 ニューリージェントストリートのKIWIというおみやげ屋に入る。全体的にテカポの店より安い。店員のおばさんも愛想がいい。
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↑お土産のぬいぐるみ
 地震で崩壊したカセドラル大聖堂の跡地を見に行ったあと、カードボード・カセドラルという仮説大聖堂に足を向けた。この建物は日本人建築家坂茂が設計した。もう暗くなっているし、道路を隔てての撮影となるのであまりいい絵にならなかった。
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↑倒壊した大聖堂
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↑仮大聖堂
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↑中でミサ?をやっていた
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↑街の中のオブジェ
 夕食はホテルザ・ジョージの中にあるペスカトーレ・レストランに行くことにした。ここまでニュージーランドならでは食事は全くしていないので、最後の晩くらいはラム肉料理で締めたい。
 ホテルザ・ジョージに着いて、レストランに入った。そこがペスカトーレだと思ったがそうではなくて、50 BISTROというホテル内で中級のレストランだった。ワインはロゼにして、前菜は省略。スープは日替わりにして、メインはラム肉のステーキにした。あとはパンを持ってきてくれと頼んだ。欧米ではパンと水はただ、と思っていたからである。
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↑ホテルザジョージ
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↑日替わりスープ
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↑ラム肉のステーキ
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↑パン
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↑コーヒー
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↑左手下層の灯りが50 BISTRO
 結構人気のあるレストランらしく筆者が飲み食いしている間にどんどん客が増えた。料理は見た目に多少の奇抜さがあるものの、とても美味しかった。人気があるはずである。パンはごく普通のを持ってくると思っていたが、ちょっと凝ったパンであった。すっかり満腹でとても勧められるようにデザートいただく余地はない。
 ちょっと離れたところに一人の白人の女性客がいた。楽しそうにギャルソンと会話している。一緒に食事したいと思った。
 ホテルに戻る。Twitterで時間つぶしのあと風呂に入る。
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↑当時のガソリンの価格
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↑ニュージーランドの通貨

9.いったんシンガポールへ
5月5日(木) 曇
 6時45分、枕元の日本ではほぼ見かけないTEACの目覚まし時計にあるUSBポートに差したSAMSUNGスマホの目覚ましが鳴って起きる。
 シャワーを浴びて頭を洗い、白いものが目立つ無精ひげを剃った。
 朝食は昨日買ったオートミールを食べ、何故か冷蔵庫にあった牛乳とインスタントコーヒーを飲む。オートミールとかビスケットは歯にカスが残るのが難点だ。
 このところ忘れ物を連発しているので念を入れて確認した。
 居心地のいいホテルなのでもう一日ぐらいいたいがそうはいかない。8時にチェックアウトする。
 はじめは空港と逆方向にあるZというガソリンスタンドを目指した。しかし市内方向は渋滞していた。歩道には通学の学生が歩いている。女子学生は緑のジャケットにタータンチェックのスカートで品性がある。小学生はスケートボードに乗っているのが多い。
 脇道に入ってコの字でターンするも、右折禁止でできず元の道を再び走り、ナビの指示通りに走ってようやく空港に向かった。途中BPで給油。ニュージーランドはセルフもあるが、入れてくれる場合もあるらしい。今回は2回入れてくれた。燃料計がなかなか満タンに針が指さず結構焦る。
 ナビの指示がどうもおかしい気がしたので、道路標識の通りに走った。確かに空港に近づいたが、途中で標識を見失って、わけのわからないところに出てしまった。やっぱりナビの指示通りが正しいのかと思い、そのようにしたが、空港からどんどん離れていき、どうやら重機のレンタル業者に向かっていた。ナビにクライストチャーチと英字を打ち込むのは面倒なので、スマホのグーグルマップに頼った。さっき通った道であった。環状交差点を間違えずに右に曲がれば、クルマを借りた場所に戻ってきた。
 オドメータ13341km
 空港を出発してからの距離857.7Km
 オアマルからの距離273.7km
 クルマを借りたときのおばさんが立っていた。小石が飛んできてフロントガラスが割れたと説明すると、「よくあることだ」という感じで処理してくれた。名前と電話番号、E-MAILアドレスとサインするだけでよかった。何やら複雑な権利が書かれているようだが私の英語力では理解できなかった。こんなトラブルもあろうかと、大手のレンタカーAVISを選んでよかった。さらば茶色のカローラ!でもEメールを聞かれたということは、もしかすると請求があるかもしれないとあとになって考えた。なにしろクレジットカードの番号はAVISがわかっているのでいくらでも請求できるからだ。
 チェックインカウンターには誰も並んでおらず、数分で手続き完了。預けた二つの荷物は関空まで届けられることを念押しした。
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↑空港出発ロビー
 ニュージーランドの出国申請書を記入。観光客の場合、名前とパスポート番号国籍を書くだけで、サインすら必要でない。
 保安検査はシンガポール航空の乗組員が優先。私よりあとに並んでいた中国人がそれを無視し、先に並んでいたことを暗黙の理由に前にいたアルバニア人を追い越した。ほとんど並ぶこともなく順調だった。ただペットボトルはだめで、飲んでから廃棄せよと言われた。喉は乾いていないが少しだけ飲んで捨てた。
 9時40分出国審査。34番ゲートに向かう。免税店のほか簡単な飲食設備だけ。あとはゲーム機があった。自販機の横を抜けるとVIEWING Deckというのがあったのでいってみる。ガラス張りの眺めの悪いデッキには警備員が二人座っているだけだった。事実上、喫煙室として使っているみたいだ。
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↑珍しい自販機
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↑出発ゲート
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↑ゲームコーナー
 乗り込みが始まっているゲートの前で、家に電話する。まだまだ前払いの通話料金が残っているので自宅に電話する。ちょうど朝食を食べているところだった。こっちの事情を知らないからこちらが長電話しようとしても切ろうとする。
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↑飛行機に乗り込む
 10時30分に乗り込む。機体はB777-200ERで3列X3。後ろに座席がなく、トイレも近い。隣は30代の白人夫婦。男はキウイがちりばめられたシャツを着ているからニュージーランド人ではないかもしれない。
 まずはドリンクが振る舞われた。ジンを頼んだが通じなかった。ジンはティーに、ウォッカはウォーターに聞き間違えられやすい。しようがないので赤ワインにした。
 12時30分機内食。フィッシュを選んだ。タイガービールにバニラアイスクリーム、チーズですっかり満腹になった。
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↑1回目の機内食
 ここでトイレに行く。13時30分、シドニー上空。隣の女性がB6程度の手帳に細かい文字でなにやら記録を始めた。その後男性も同じことを始めた。何者だろうか?
 かく言う私も機内ではポメラで旅行記の記述に専念した。どうやらバリ島は今日明日で書けそうにない。
 16時00分、飛行機がオーストラリアのど真ん中アリススプリングス上空に差し掛かったところで、時計をシンガポール時間に合わせる。ちょうど現地では12時00分である。あと5時間。ニュージーランドからシンガポールまで10時間とは長く感じる。
 14時00分ようやく隣の男がトイレに行った。女性はまだだ。あれだけアップルジュースを飲んでいるのに膀胱が大きいのか。
 15時00頃2度目の機内食。チキンを選んだ。チョコレートケーキが美味だった。再びワインを飲む。
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↑2度目の機内食
 トイレは結局4回行った。前の男は電子辞書をさわっている。電子辞書に「見出し語」という日本語を見つけた。彼は日本人だとわかった。
 赤道を越えた頃、16時40分、まもなくシンガポールに着陸とアナウンス。
 ニュージーランド時間ではもう20時40分である。アルコールも入り、さすがに眠い。着陸態勢では電子機器も使えないので、目を瞑り瞑想する。
 17時19分にチャンギ空港に着陸した。
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↑シンガポールに到着
10.シンガポール市内へ
 シンガポールではバリ島やニュージーランドで手に入れることができなかったNOKIAの端末を入手すべく、シンガポールに一時出国し、地下鉄で市内まで行くことにしていた。
 入国カードの滞在先はホテルに泊まらないので「TRANSIT SIGHTSEEING」と書いた。係官は帰りの航空便名を書いていた。
 こうして受託手荷物はそのままに、身軽な格好でシンガポール市内に向かうことにした。市内へ出るには地下鉄に乗るのが一番早い。シンガポールのSuicaといえるEZ-LINKは最終使用から8年を経過しているので、チャージは失効していた。改めて購入するために窓口に並んだ。中国人は機械で切符を買うのに慣れていないので、窓口に並んでいる。しかし窓口の人に「機械で買え」と怒られていた。
 その点私はez-LINKをスムースに買えた。12ドル。しかしシンガポールに来る機会は今後もそれほど多くない。ez-LINKを買うよりも普通乗車券を買うほうが無駄にならない。ちょっと考えが足りなかった。
 18時20分、地下鉄に乗った。隣に立っているビジネスマンをみると、LINEをやっている。胸にはブラックベリーを入れている。言語はタイ語のようであった。
 バリ島、ニュージーランドでもそうだが、スマホを使っているのを横目で見ると、一番多いのはメッセージ、その次にゲーム。そして動画である。これは日本でもあまり変わりがない。
 3回の乗り換えでFarrer Parkに着いた。シンガポールの地下鉄は日本と同じで乗り換え通路が長く、かなり歩かされる。ここに来たのは近くにあるムスタファセンターという何でも屋があって携帯電話が安いと聞いたからだ。万引き防止のため店外で鞄のチャックをインシュロック。店内に入ると、電話屋はすぐに見つかったが、品ぞろえが薄すぎる。スマホにしても大して多くない。これは期待はずれと思いつつも、店内を偵察した。むしろ食品の方が主力なのでは感じてしまうほど充実していた。低級百貨店というところか。
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↑ムスタファセンターのある通り
 失意のうちにムスタファセンターを出ると、目の前に携帯電話屋があった。そこにはNOKIAがあった。ついに見つけたとショーウィンドーを見る。しかし欲しいNOKIA301がない。隣も店にもNOKIAがあったが、そこにもなかった。大橋巨泉に似た店員に聞いてみた。すると彼はそれは古いモデルだといい、NOKIA230がおすすすめだ、と言った。しかしこれは使える電波はGSMのみで3Gには対応していないのではないかと思った。彼は手持ちスマホで「NOKIA230 vs 310」と入力し調べてくれた。すると230は3Gには対応していないことが明らかになった。しかし彼は粘った。私のソフトバンクのSIMを抜き取って、230に挿入し、電波を受信できるとアピールした。それは日本で使えることを保証できるものではない。しかしNOKIAの携帯電話を単にさわってみたい気持ちがあったし、日本で使えないと分かっても、ヤフオクで売却すればいい。第一何も買わなかったら、わざわざシンガポールに来た意味がない。そのように考えて私は購入に踏み切った。120シンガポールドルだった。日本円なら約9000円。カウンターの中に入って、クレジットカードのPINを入力した。
 20時40分、Farrer Parkを後にする。シンガポールの電車は座席が少なく、真ん中は撤去されている。帰りは別ルートで帰った。シンガポール地下鉄の地上駅では昔の風呂屋の脱衣場のように天井に大きな扇風機がある。
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↑シンガポール地下鉄の車内
 駅に着いた。EZ-LINKの残高を確認。13.28ドル。結局これは失効することになりそうだ。スカイトレインでチャンギ空港ターミナル3に到着。
 シンガポールを出国。わずか5時間ほどの滞在だった。チャンギ空港は旅客の利便性を考慮して、保安検査は各ゲート前で行われていて、出国するといきなり免税店で買い物ができる。
 22時30分、プライオリティパスの使えるラウンジに入った。ビュッフェがあるのでビール付きの食事。だがそれほど食べなかった。
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↑ラウンジで休憩
 それにしても眠い。クライストチャーチの時間からすればもう3時か4時なのだ。徹夜しているのと同じだ。目をつむってしまうと眠ってしまいそうだ。寝過ごして、飛行機に乗り遅れては大変なので、早い目にゲートに移動することにした。ゲートにいれば、航空会社の人が起こしてくれるだろう。そんなわけで17番ゲートに移動。関空に向かう便なので、日本人が過半数。しかも家族連れが多い。深夜だというのに子供たちは元気だ。
 0時25分、すでに保安検査が始まっている。ソファーに座り、買ったNOKIAの端末を使ってみる。最近のスマホではできなくなった電源オフ状態でからのアラームが鳴る。次に空港の無料Wi-Fiの登録。コード番号がSNSで受信できた。これでソフトバンクSIMが外国で他の端末で使えるのが分かった。
 もう少しいろいろ試したいが、もう出発時刻である。1時頃乗り込んだ。
 40H席。隣はタイ人の女性。パスポートでそれがわかった。機材はA330-300。
 1時20分、機体は動き出した。ここまで書いたところで眠気全開。耳栓にアイマスクをして眠りに入った。
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↑機内は日本人が多い

11.関西空港に到着
5月6日(金)
 日本時間6時45分。男性客室乗務員に左肩を叩かれた。機内食の時間である。朦朧とした意識の中、サーモンを選んだ。鮭の照り焼きは大きな固まりでこれは結構うまかった。隣のタイ人もそれを食べていた。
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↑機内食
 食べて目が覚めたので旅行記の執筆。
 8時15分、あと30分で着陸とのアナウンス。ここからは電子機器は使えない。機内でかつては禁煙の表示をしていたところは、そんなことは当然だろうといわんばかりにplease turn off electronic devices(電子機器の電源を切って下さい)という表示になっている。予告通り、右手に和泉山脈を望みながら、8時44分関西空港に着陸。
 ここで隣のタイ人が日本語で「シンガポールはお仕事ですか?」と声をかけられた。キーボードを叩いていた私を日本のビジネスマンだと思っても無理からぬこと。しかし彼女にとっては勇気がいることだったろう。「タイは日差しが強いです」。私がサムイ島に行ったことがあるというと、「日本人はあまり有名でないでないところにどんどんいくのですごいです。私はそんな勇気はなくてありきたりのところばかりです」と言っていた。もっと話をしたかったが、8時52分に接岸し話は終了。
 9時7分に入国。日本に帰ってきた。筆者の29回目の海外旅行はここに終了した。
 荷物が出てくるのを待っている間、スマホと携帯電話のセット。スマホはSIMが裏表逆に挿入されていた。もしかするとニュージーランドで動かなかったのはそのせいかもしれなかった。携帯電話はバリ島ではあれほど何回もSIMの再挿入を繰り返したのに、あっさりと電波を捕まえた。NOKIAに入れて使えるようにしたのがよかったのか。せっかくソフトバンクにどなりこもうと思ったのに、そうせずにすんだ。
 9時30分税関突破。衣類を入れた方の鞄を開けさせれた。中には食べかけのビスケットが入っていて「おみやげですね」といわれた。携帯電話については何も聞かれずホッとする。
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↑関西空港に帰ってきた
 南海電車でりんくうタウンへ。外は雨が降っている。駅の近くのシークルというショッピングセンターにある「りんくうの湯」へ行く。一度ここに来たかったのである。長旅の疲れを癒すのにちょうどいい機会だ。
 荷物は預かってくれた。客は5人程度だが、旅行者は少ないようだ。しかし帰るときにフロントを見ると10数個のトランクを見たから、あとからきたのかもしれない。素利用で620円、フルセットで970円の価値はあるとは思う。ただ泉質は平凡である。
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↑りんくうの湯
 自宅に戻ったのは12時過ぎだった。

12.ニュージーランドの印象
 ニュージーランドの滞在はわずか4日であった。本当はクイーンズタウンとかミルフォードサウンドとか行きたかったのだが、レンタカーに乗ることは既定路線だったので、クライストチャーチからクルマで無理なく行ける、テカポとマウントクックに絞った。テカポの星空は昼間に雨が降って星が見えるがどうか心配だったが杞憂に終わった。さすが晴天確率の高いテカポだと感心した。マウントクックの秋は晴天の確率が低いのだが、これもいい天気だった。1時間半のトラッキングなんて何ともなかった。海外旅行の場合、再訪が難しいので、天候に恵まれたのは幸運だった。あとはクライストチャーチの市内観光。半日しか観光できなかった主要なところは回ることができた。レンタカーから見た風景の美しさは忘れられない。ニュージーランドの魅力が十分に濃縮された旅行だった。ただ食事面はニュージーランドらしい料理を食べていないのでそれは心残りであった。

↓今回のニュージーランド旅行を15分でまとめた動画


バリ島ニュージランド旅行~序章篇~

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