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日本鉄道全線完乗記~結びの三番 [旅行]

日本鉄道完乗記~結びの三番
 いよいよ日本鉄道全線完乗まで3線区となった。相撲でいう千秋楽の「これより三役」というか「結びの三番」である。対象線区は以下の通りである。

日付 会社名 線名 対象線区 距離
2011/8/27 富山地方鉄道 富山都心線 丸の内~西町 0.9
2011/8/28 名古屋市交通局 桜通線 野並~徳重 4.2
2011/8/28 明知鉄道 明知線 山岡~明智 5.4

8月27日(土) 晴
 4時30分起床。青春18きっぷを持って阪和線に乗った。今回の旅行は特別なのでわざわざ赤い地紋の「常備券の青春18」をオークションで落札してあった。
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 始発の新大阪行きは1両12人ぐらいの乗車率。
 山中渓手前で巡回してきた若い男性車掌に青春18きっぷの日付印を頼んだが、「あとで」と言われた。ここからは駅間が短く車掌が巡回することは不可能だから、どこかの駅で押してもらうことを覚悟した。
 新大阪手前の信号停止のため、3分遅れ、予定していた6時25分発の列車に乗れなかった。今までこの列車よく利用するが、こんなことはよくあるので、今後は西九条で降りようと思う。6時43分発の快速に乗る。快速といっても京都からは各停である。その京都で大分空いて、その後漸減し、彦根では12人/両くらいになった。
 8時28分発敦賀行きはすでに停まっていた。2両編成で混み合っており。掟破りの優先席に辛うじて座れた。
 益若つばさみたいな女の子二人組が、窓側に座り、手に持った携帯電話で記念撮影していた。電車に乗るのが珍しいのだろう。
 9時16分敦賀着。終始満員だった。
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↑敦賀駅
 9時48分、3番線に9時55分発の金沢行きが入線。後ろに並んでいる鉄道ヲタクがかなりうるさい。クハ520-35を含む4両編成。早くから並んでいたので座席は北側を確保した。9時51分、新快速が到着すると超満員になった。多くの客は青春18きっぷがなければ、乗らなかった客だろう。乗換駅での物販販売が増えるという効果もあるので、運賃の見直しが行われることがあるとしても、JRグループの貴重な商品として今後も継続することだろう。
 大土呂という駅の隣は北陸自動車学校だ。非正規雇用が完全に定着した日本。若者はクルマをあまり買わなくなった。しかし就職のためには免許はとりあえず取っておく必要がある。6台ほどのクルマが動いている。
 福井で幾分空いたがまだ立っている人がいる。10時52分発。隣の男は水筒に日本酒を入れて呑んでいて嫌な臭いがする。
 退屈しのぎに高校野球の歴代優勝校リストを作り始めた。自分が高校生の頃はほぼ完全に思い出せるが、平成から現在に近づくにつれて忘れてしまっている。これは歳をとった証拠で新しいことが覚えられなくなっているのだろう。
 12時26分金沢着。ここで青春18きっぷの日付印を押してもらう。すでに大きな土産物店街もあるし、金沢はいつ新幹線が来ても大丈夫だ。
 構内に吉野家があったのでそこで昼食。牛丼並とコールスロー。1分もかからずに目の前に出てきた。吉野家唯一の取り柄。
 雪を避けるため上屋根が覆われているので薄暗い金沢駅。その6番線に富山行きが入線。楽にボックス席を確保した。クハ455-42、2ドアデッキ付きの4両編成。オレンジ色のモケット。
 定刻富山着。新幹線駅建設たけなわである。駅舎も仮設となっていた。
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↑富山に着いた
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↑北陸新幹線工事中
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↑富山駅仮駅舎
 駅前には風変わりな自転車が並んでいる。シクロシティ富山という実験的なレンタサイクルシステムだそうだ。サイトから引用してみる。

シクロシティ富山がこれまでのレンタサイクルと最も異なる点は、借りた自転車をどこのステーションに返してもOKという利便性を初めて実現した点にあります。自転車には個体識別装置が内蔵されているので、ステーションごとの自転車の台数の把握ができる仕組みです。 利用料金は定期利用が月額700円で、市内を走る路面電車「富山ライトレール」で使えるIC乗車カード「パスカ」を使用すれば月額500円。また、自転車レンタル時には毎回30分までが無料で、31分から60分までが200円、それ以降は30分ごとに500円の利用料金が発生します s-IMG_6458.jpg
↑駅前にある会員制のレンタサイクル
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 富山に来た目的は最近開通した富山都心線に乗るためである。ここは既存の線を加えて反時計回りの環状線として運行されている。
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↑環状線時刻表
 13時20分発の環状線に乗る。黒い車体のワンステップ車。おそらく富山ライトレールと共通仕様と思われる。家族連れを含む6人の乗客。一日乗車券を手にしている。
 丸の内から左折して、新設区間へ。さすが線路の敷石もきれいだ。
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↑セントラム車内
 富山都心線はZ字状になっていて最初は富山城をバックに走る。停留所は国際会議場前、大手モール、グランドプラザ前の3つ。富山にしてはちょっとすごい名前が並ぶ。さすがに「都心線」である。
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↑富山城を望む
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↑ここから都心線
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↑セントラム
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↑これはサントラム
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↑富山市電オリジナル車
 一周して富山駅前に戻ってきた。これだけのために富山に来た。青春18を使うのは妥当だろう。その途中で富山ゴールデンボウルという男性性器のような名前のボウリング場を見つけたので、わざわざカメラに収めた。
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↑富山ゴールデンボウル
 15時10分発の特急ひだに乗って岐阜で停まることを考えたが、券売機で操作すると、5000円強の追加料金が必要とわかったのでやめた。
 ドトールのコーヒーとトーストで時間つぶし。無線LANはFREESPOTを認識しているのだが、先に進まない。実は筆者は公衆無線LANやWIFIとかよくわかっていない。
 とりあえずホテルの予約だ。下呂温泉のホテルは携帯電話サイトからは空き室なしとなっていた。そこで高山の大浴場がある「ひだホテルプラザ」に泊まることにした。
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↑猪谷行き後尾車
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↑猪谷行き先頭車
 15時57分、1番線に16時10分発の猪谷行はすでに入線していた。猪谷側に4つのボックス席がある他はロングシート。地元民はロングシートの人気が高い。キハ120 347の2両編成。北陸本線の遅れの接続待ちで7分遅れで発車した。乗車率は立ち席10人/両ほど。越中八尾でかなり降りて15人/両ほどになった。
 猪谷手前は山深くトンネルが多くなる。並行する国道41号線が谷を大きな橋で跨ぎ、整備が進み、ローカル輸送はマイカーに歯が立たない。
 猪谷到着。遅れは取り戻していた。神岡鉱業の大きな設備があるが稼働はしていない。山の中の大きな駅。高山行きは長いホームの斜め向かいに停車している。駅本屋とは構内踏切で結ばれている。
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↑猪谷駅
 乗客は観光客の方が多いくらいである。キハ48 6813の2両編成。エアコンの吹き出し口のあるところは網棚がない。15人/両の乗客を乗せて、定刻1703に発車。
 神通川を右に左に見ながら走る。
 坂上で4分の待ち合わせ。対向した特急ひだは3両編成。乗客は10人もいなかった。
 飛騨細江を過ぎると飛騨市となる。高山盆地が近づいているので鉄筋アパートもある。
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↑高山行きJR東海車
 18時26分、定刻高山着。ほとんどの客は猪谷からの通しであった。ワンマン運転のため改札口で運賃を払うので時間がかかる。
 外国人の観光客も見かけた。白川郷あたりを目指すのだろうか。
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↑高山駅
 駅から左側に歩いて5分。予約した「ひだホテルプラザ」に着いた。喜多館、皆美館に別れている大きなホテルで土産元店もある。下呂の小川屋と似ている。こんなホテルに6000円で泊まれると嬉しくなった。しかし「研修生」の名札をつけた可愛い女性に案内された1802号室は、「使用人の部屋」という感じだ。窓も小さくソファーもない。ただベッドの寝心地はよかった。小川屋で泊まった部屋もこんな感じだった。ただLANケーブルがあるのはありがたい。
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↑ひだホテルプラザ
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↑ホテル内に川が
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↑廉価版の部屋
 19時30分、9階の展望風呂へ。畳の脱衣場が心地いい。循環だが天然温泉である。
 夕食のため外出する。どうせなら飛騨牛を食べたかった。しかし一人で食べると割高だし、目指していた店は見つからなかった。
 20時40分、仕方がないので「日本海庄や」に入る。そこにご当地メニューとして飛騨牛があったからだ。カウンターに座り、飛騨牛ステーキと飛騨牛もつ煮込みを食べる。大衆チェーン居酒屋なので期待はしていなかったが、量が少ないという以外は満足した。一人で飲んでいても面白くない。むしろ隣の男二人の会話が面白かった。競馬の話をしているので割って入りたかった。ビール1杯で引き上げる。
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↑飛騨牛ステーキ
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↑飛騨牛もつ煮込み
 ファミリーマートで明日の朝食と晩酌用のハイボールを買って21時55分ホテルに戻る。
 地下1階の畳み風呂に入ってからインターネットをしながら晩酌。テレビは世界陸上をやっていた。部屋着は浴衣ではなく甚平だった。
 23時40分頃寝る。

8月28日(日) 晴

 3時00分に目覚め、5時00分起床。風呂など入っている暇はない。サンドイッチだけ食べてチェックアウト。5時15分に高山駅着。2番線にすでに岐阜行きは入線している。
 4両編成と長いが客は2人だけだ。先頭車に乗る。乗る直前に買った水を飲みながら、おにぎりを食べる。
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↑高山から岐阜行き車内
 5時26分発。列車は飛騨川の流れを見ながら進む。高校生を中心に徐々に増えたが、それでも下呂まで10人ぐらい。渓谷は霞んでいる。
 白川口、上麻生と増えてきた。暑いので扇風機を回していたが、前に座った女子高生に切られた。しかし私自身若干寒さを感じていた。
 扇風機を切った女は美濃太田の一つ手前の古井で降りた。ここからエアコンが入った。
 気がつくと車内には誰もいなかった。既に岐阜に着いていた。8時29分発の豊橋行きは向かいのホームに停まっている。接続は2分しかなかった。幸い2分遅れで発車したために間に合った。かなり危なかった。
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 名古屋で一気に空いた。金山で降りた。9時15分発の名古屋地下鉄名城線左回りに乗る。9時26分新瑞橋で桜通線に乗り換えた。9時34分、野並を出発。いよいよ今年の3月末に延長された区間に入った。その時は8人/両ぐらいだった。終点の徳重に着く頃は5人/両まで減っていた。
 徳重に着いた。これで残る線区は明知鉄道の明智-山岡間のみ。慌ただしく駅の外に出て撮影。新しい駅の割にホームが地下3階にあったりする。駅の上は高架道路のようであったが、複合施設なのだろうか。Wikipediaによるとヒルズウォーク徳重ガーデンズなる施設との連絡通路があるという。
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↑徳重駅地上
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↑徳重駅ホーム
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 9時47分発で折り返す。ホームに降りると引き上げ線から列車がやってきた。桜通線は可動式ホーム柵が設けられている。可動式ホーム柵は私が死ぬ頃には大都市のほとんどの駅で設置されているだろう。折り返しは10人/両ぐらいの客。
 今池で10時16分発の東山線に乗り換える。隣の千種で降りた。ちょうど10時22分発のセントラルライナーがやってくる。これに乗りたかったが、ホームで販売される乗車整理券は10分前で締め切りとなるので乗れなかった。千種で待つのは退屈なので、一つ名古屋寄り隣の鶴舞まで普通に乗り、10時39分発の中津川行き快速に乗る。211系のロングシート車。
 勝川駅の高架化は完成した。しかし東海交通事業城北線の乗り入れは行われず、蚊帳の外となっている。中央線と東海道線を組み合わせて環状運転すれば、城北線も活性するだろう。今のままでは何のために走っているのかわからない。
 春日井で乗客は減った。高蔵寺から多治見までは山の中。
 定刻より2分遅れの11時21分に瑞浪に到着した。ここで昼食の予定。しかしファーストフードの店はなく、バスの発車時刻も迫っているので、コンビニでパンを買った。
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 待っている東濃鉄道バスに乗る。駅前にの停留所に大きく明智行きと書いているのですぐにわかった。エンジンをかけていないので車内は暑い。しかし外の方がより暑いので、最前列座席に座って、パンを食べた。
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↑瑞浪駅バス停
 11時45分定刻、6人の客を乗せてバスは発車した。12時00分前県道20号線の大きな高架橋が谷を越えている。12時04分、大川団地前バス停を通過。見えるのは普通の家で団地はない。
 「世界一の狛犬の町陶町」の看板。観光資源に乏しい田舎町はアピールに大変だ。
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↑明智行きバス
 5人は吉良見で降り、徳間で一人降りて、客は私ともう一人だけになった。12時25分、251系統往路と称するこのバスは、34の停留所を経て明智駅前に到着した。
 私は500円払ってすぐに降りた。もう一人の高校生は眠っていて降りてくるのが遅かった。
 明智から瑞浪までは500円。明知鉄道は恵那まで550円と高い上、名古屋方面に行くにも時間がかかる。もっと利用されてもよさそうなのに、この程度の利用率なのである。乗るのはクルマを持たぬ高校生が中心なのだろう。

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↑明智駅
 明智駅は改築中でその脇の仮営業所で切符を売っている。
 12時27分恵那方面からの列車が到着した。10数人に客が降りてきた。一人だけ白人がいた。大正村にひかれたのか。最近は日本の田舎を歩く外国人、特に白人が目立つ。彼らは漢字が読めないので適切な案内が必要だ。主な辻にローマ字併記の案内板とバスターミナルか駅に英語の地図を設ける必要があろう。
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↑仮出札口
 天気は頻繁に晴れたり曇ったりする。
 切符売り場の前でたむろしていると、隣の運転控え室から駅員が出てきた。山岡駅まで2枚。1枚はもちろん記念用である。駅員は記念用と察してか「小人か」と聞いたが、この明智駅で発行される乗車券は硬券で、小人断線で切られて切符が台形になるのは嫌なので、大人2枚にした。日付印を見ると最後の28の「8」が消えかけている。その文字を見ると「7」もしくは「4」と読める。ほとんど硬券など買う人はいないのだろう。私はおそらく自分が本日最初の購入者で、それも久しぶりであったから駅員が日付を変えるのを忘れたと推察した。
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↑硬券の乗車券
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↑建設中の明智駅
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↑建設中の明智駅
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↑使い古しの硬券(各20円で売っている)
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↑明知鉄道車両
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↑明知鉄道車内
 単行気動車。2駅なのでロングシート部の一番前に座る。いよいよ最後の線だ。気分が高鳴る。
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↑明智から恵那方面を見る


 1984年8月29日、私は当時の国鉄明知線の恵那から山岡まで乗った。何故、終点である明知(当時は明智ではなかった)まで乗らずに、山岡で降りたかというと、こういうエピソードである。
 当時の汽車は冷房などなく、窓を開けていた。窓際に座っていた私は、この山岡駅に差し掛かったとき、偶然手にしていた帽子を落としてしまった。帽子は列車風に乗って駅舎に向かって飛んでいく。まだ間に合う。汽車を降りた。間一髪だった。荷物を恵那で預けていなければ、こんな行動は取れなかっただろう。無人化された駅の内部を見て驚いたのは、「わかやまし」と書いた観光ポスターを貼っていたことだ。その日に撮った写真は残念なことにピンぼけであるが、ビキニの女性の前に黄色で、左のポスターには「和歌の浦 片男波 浜の宮」、右に「加太 友ケ島 磯ノ浦」と書かれているから、海水浴の案内である。こんな岐阜の山奥に何故、そんなものがあるのか全然わからなかったが、とにかく偶然降りた駅に出身地のポスターを貼っていることに運命を感じた。帽子は無事に取り戻すことができた。あとのスケジュールの関係で、明知までの乗車は諦め、恵那まで戻った。
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↑わかやましポスター
 その後明知線は1985年11月10日に明知鉄道に移管された。その後日本鉄道全線完乗を目指しているうちに、この盲腸線の末端がなかなか乗車機会に恵まれず残ってしまった。そして今年、この山岡駅で日本全線完乗を達成すること決めた。瑞浪からわざわざバスに乗って明智に来たのも、高山から美濃太田で降りて太多線に乗った方が瑞浪に近いのに、先に名古屋地下鉄に乗ったのも、実に不思議な縁のあった山岡駅を最後にするためであった。
 12時56分、約30人の乗客を乗せて発車した。7割以上が高校生で、地元の年寄りと数人の観光客が乗っている。
 ディーゼルカーは木立の中をゆっくりと走る。明知鉄道は距離は25キロ前後だが、急峻な峠を越えるため、速度は遅い。30km/h出ているかどうか。明智の次の野志は停車中の車両が傾いているとわかるほどの急勾配に設置されている。周りは田圃で乗降客はなかった。
 さて終着駅が近づいている。相変わらずゆっくりした速度で山岡駅に近づく。「山岡、山岡です」。動画撮影機能で音声を記録する。

 そして山岡駅に到着した。硬券の乗車券を運転手横の料金箱に入れ、下車した。この瞬間に日本鉄道全線完乗を達成。時に平成23年8月28日13時6分58秒のことであった。
 一緒に降りた5人ほどの高校生は自転車や徒歩、あるいは迎えの車で散っていった。
 しばらくは感慨に浸りたい。ここ山岡駅は実は3回目である。1984年以降1996年にも長野県のマラソン大会の帰りにクルマで立ち寄っている。15年前と比べると、小ぎれいになっている印象がある。名所案内なども整備されているし、少ないながらもバスもある。荒廃している印象はない。1984年の写真が一部残っているので比べてもらいたい。
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↑山岡駅名票
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↑1984年の山岡駅名票
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↑名所案内
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↑周辺案内
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↑ヘルシーハウス山岡(ただし日曜は休業)
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↑恵那市自主運行バス停留所
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↑山岡駅舎
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↑1984年の山岡駅舎
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↑山岡駅前
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↑1984年の山岡駅前
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↑元出札口
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↑1984年の元出札口
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↑山岡駅ホーム
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↑ホームから駅舎
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↑1984年のホームから駅舎
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↑明智方面を望む
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↑1984年の明智方面を望む
 もちろん記念撮影もした。この時のために用意してあった日の丸の扇子を持っていた。さながら金メダルを獲得したオリンピック選手やエベレストを目指す登山隊のような気分だ。駅には誰一人いない。駅周辺も人の気配がない。セルフタイマーで撮影した。持ってきたのはミニ三脚しかないので高さが低く、アングルに苦労してなかなか決まらない。時間はたっぷりあるので何度も挑戦したけど、どうしても距離をとる必要があるので全身を写さざるを得ず、顔が小さくて迫力不足だ。あとで知ったことだが、8月の旅行は知らぬまに低解像度モードで撮影していて、部分拡大もできなった。歴史的な瞬間なのに残念である。
 やがてレンタカーが駅前に停まり、男が2人降りた。彼らはトイレを利用して帰って行った。彼らにシャッターを頼めばよかった。
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↑駅前で記念撮影
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↑駅舎内で記念撮影
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↑駅名票と記念撮影
 14時14分発の恵那行きに乗る。山岡駅から乗ったのは私だけだった。最後尾から名残惜しい動画撮影。すでに8人の客がいる。

↑さらば山岡駅
 前述したがとにかく遅いのが明知鉄道の特徴だ。渓谷など景勝地が見えるわけでない。終点の明智が日本大正村として売り出しているが、まだ知名度で遅れをとっている。クルマよりも遅いこの鉄道が存続するには、明智に向かう観光鉄道として生きていくしかない。そういう意味では食堂車付きとした大正ロマン号の運転は同社の今後の展開の試金石となるだろう。
 東野でようやく平地に。14時50分恵那着。
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↑明知鉄道整理券
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↑恵那の明知鉄道駅舎
 名古屋行きのセントラルライナーが出発したところであった。それにしてもJR東海は日中の1時間に2本の内の1本が乗車整理券の必要なセントラルライナー。座席がいいとはいえ所要時間がさほど変わらないとは、阿漕な商売だ。近鉄特急を参考にしたのだろうか。
 15時24分発の快速に乗る。313系のクロスシート。8両編成だった。逆進行方向でなんとか座れた。隣は80歳を越えていそうなおばあちゃんのグループ。一人がハミで私の前に座った。彼女らは大曽根、鶴舞と降りていく。16時27分名古屋着。
 16時44分タワーズプラザの13階「さんるーむ」で生姜焼きとコロッケ定食。ご飯が五穀米ととろろ汁。とろろ汁はどうやらご飯にかけて食べるらしかった。
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↑生姜焼きとコロッケ定食
 高島屋地下に降りて、お土産として両口屋是清の二人静と青柳ういろうを買った。二人静は全然完乗祝いの記念品として関係者に配った。紅白の和三盆菓子でこうした用途にぴったりである。青柳ういろう1本と二人静1箱は同じ735円である。
 青春18きっぷの旅は続く。17時30分発の米原行き新快速に乗る。大垣までは先頭車に立って全面眺望を楽しんだ。
 米原で向かいのホームで待っている新快速に乗り換え。18時48分発。
 大阪20時19分発の快速に乗り換える。
 21時50分頃帰宅。祝杯のウィスキーを飲んで、0時20分頃寝た。
 これで現状の日本の鉄道全線に乗ったわけだが、2014年には北陸新幹線が延長し、北海道新幹線も函館に伸びる。そして文中にもあった相模鉄道の連絡線もできる。またおおさか東線も新大阪に乗り入れるし、沖縄モノレールも工事に着手しようとしている。さらにリニアモーターカーも死ぬまでに相模原-甲府ぐらいはできているだろう。まだまだ線路は続くよどこまでも♪
 とりあえずの

■補足情報
 筆者の日本全線完乗の定義

 1.国土交通省省鉄道便覧に記載されている路線のうち索道・リフトを除いた旅客線を対象とする。
  例:京浜東北線…運行形態は別だが便覧に記載されていないので東北本線大宮-東京間、東海道本線東京-横浜間及び根岸線と解釈する。
    埼京線…同様の理由で東北本線大宮-赤羽間、赤羽線赤羽-池袋間及び山手線池袋-恵比寿間と解釈する。

2.夜行、昼行を問わず該当路線を通過すれば乗車とみなす。

3.乗車した証拠となる写真または証明書は特に必要としない。

4.営業キロが設定されていない路線については、定期列車が運転されている区間には乗車する。臨時列車が運転されている区間については参考記録とする。
  例:乗車-湘南ライナーの走る羽沢経由の戸塚-横浜間
    参考-武蔵野貨物線及び連絡線

5.運営会社が変更した線については、現運営会社においても乗車したものとみなす。
  例:国鉄明知線=明知鉄道
    JR東日本東北本線(目時-青森)=青い森鉄道
近鉄伊賀線=伊賀鉄道
6.直通特急運転用のJRと私鉄との連絡線は乗車対象に含めない。
  例:小田急新松田からJR東海御殿場線松田への連絡線

7.ミニ新幹線については在来線に含める。
  例:山形、秋田新幹線

8.トンネル開通などで新線につけかえられる場合は新たな乗車対象としない。
  例:山陰本線、嵯峨-馬堀間

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